校長より

3学期始業式

2026年1月7日 10時15分

 新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。さて、いよいよ2026年がスタートしました。今年をよい年にしよう、今年はさらにがんばろうと考えているみなさんに、京都府と滋賀県の境にある比叡山延暦寺の話を紹介します。

 比叡山には開祖最澄が延暦寺を開いた788年、今から1200年以上前から大切に守られている宝があります。それは、最澄が修行で使っていた炎、つまり火です。その灯火、つまり明かりで、現在までその火を消さずに守り通しているという歴史です。

 比叡山は何度も災害に遭いました。雷が落ちて火事に遭ったり、戦国時代の1571年には織田信長の焼き討ちに遭いました。こうした苦難の中でも守り通された灯火が、延暦寺の根本中堂にあるのです。灯火を守るため、菜種油がきれないように継ぎ足し継ぎ足し、炎の芯が燃え尽きそうになると新しい芯に代える・・・そういった営みを1000年以上も続けてきているのです。そんな火が世界中のどこにあるでしょうか。まさに日本の宝です。

 灯火は比叡山の中でどんな工夫をして守り続けられたのでしょうか?灯火の係とか、組織の中で役割がしっかり分担されていたのでしょうか?そういう疑問に対し、延暦寺の高僧、つまり位の高いお坊さん、偉いお坊さんは次のように答えました。

 「係や役割を決めたら、何年かはうまくできるかもしれません。しかし、役割を決めた瞬間に『誰かの仕事だ』というような甘えの心が出て、他人事になってしまいます。そこに失敗の原因が潜んでいるのです。比叡山では誰も役割を持ってはいません。気づいた者が油を足す、気づいた者が芯を代える。これを何百年もの間、何世代もの僧たちが一人残らず欠かさずに行ってきたのです。もし途中で誰か一人でも怠けたり、さぼっていたら、火は途絶えていたことでしょう。この灯火は最澄の時代から続く、われわれが命をかけて守らなければならないものです。役割や係分担で行うものではないのです。油が切れたら灯火は消えてしまいます。心に迷いや怠慢が満ち、当たり前のことができない・・・これを『油断』というのです。この言葉は、比叡山の灯火を守ることから生まれた言葉なのです」・・・と。

 私はこの話から、当たり前のことを行い続けることの大切さと難しさ、そして、当たり前のことをやり通すことで心を鍛えることの意義を学びました。本校の合い言葉「常識と良識」を持った生徒の一人として、みなさんにはぜひ、当たり前の行動が当たり前にできる西中生になってほしいし、当たり前の行動をやり続けることのできる立派な社会人になってほしいと思います。

 楽をして怠けたり、誰か人のせいにして自分を甘やかしたりなどの「油断」をせず、それぞれの目標に向かって駆け上がる、そんな午年にしましょうね。あいさつや掃除など、当たり前のことをやり通したら、それはすごいことになります。今年を最高の年にしましょう!

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